子宮頚部異形成 (および子宮頚上皮内癌)
当院が最も力を入れている疾患です。
後で詳細を記していますが、読むのが大変という人のために要点を先にまとめます。
[I]子宮頚部異形成の要点(まとめ)
1.異形成とは:子宮頚部から膣にHPV (Human Papilloma Virus)が感染して、正常細胞が変化した状態。
2.異形成自体は病気として捉える必要はない。異形成があっても、一生涯困ることは何もない。
3.異形成で大切なことは 、将来癌化するかどうかという1点のみ。
4.癌化するかは、感染しているHPVの型で決まる。従って、HPVの型を正確に調べる必要がある。
5.異形成の3要素は、
HPVの型、
異形成の程度(高度、中等度、軽度)、
異形成の範囲(≦ HPVの感染範囲)。これら3要素の内、癌化するかを決めるHPVの型が最も重要。その次に、異形成の範囲(
≦HPVの感染範囲)が重要。
6.HPVの型は100種類以上報告されている。種類が多いので、名前は基本的に数字で表現する。癌の原因となるHigh risk HPVの型は15種類あるが、riskによりさらに、3つのグループに分類可能。Worst type HPV(最悪の型) は16,18 (16は咽頭癌、肺腺癌、食道癌、舌癌、肛門癌の原因でもあり、全身管理が必要。18は頸部腺癌という質の悪い癌の原因)、第2グループ(16,18に次いで危険な型)は, 31,52,58,45,33,82,35の7種類, 第3グループ(High riskだが、比較的おとなしい型)は39,51,56,59,66,68です。当院での13年間の追跡データから、worst type 16,18と第2グループの7種類が本当に危険な型と考えられ、これら9種類のHPV感染した場合、厳重管理をして、早く治す (HPVの駆除=除菌する)必要があります。
7.異形成の管理 (診断と治療のための通院間隔等)は、HPVの型と異形成の範囲と程度(高度、中等度、軽度)で決まる。
8.異形成が治るとは、どういう事か。どうなったら治ったと言えるのか。細胞診の結果がNILM(異常なし)であっても、正常とは限りません。細胞診の精度は低いです。異形成であっても(HPVが感染していても)、半数以上で、細胞診がNILMと診断(誤診)されます。NILMの結果では安心できません。異形成が治るとは、「HPVが駆除(除菌)される」ということです。即ち、HPV (特にhigh risk HPV)の陰性化が寛解(治る) の必須条件です。HPVが除菌された後でも、希に中等度~高度異形成、あるいは癌化することもあるので、HPVの陰性化=完治という表現は使用しません。あくまでも「寛解」と言います。組織診で異形成と診断され、治療 (繰り返し治療的組織診, 子宮膣部~頸部蒸散術, 頸部円錐切除術等)を行った後に寛解した(治った)場合の検査結果は、
HPV 陰性(特にhigh risk HPVが駆除(除菌)、
細胞診が「NILM」,
組織診が「軽度異形成の疑い」 (Mild dysplasia,suspected またはkoilocytotic change alone=非活動性異形成)または「Cervicitis」 (慢性頸管炎)」です。
9.異形成を治す (寛解させる)治療法
- 治療的組織診:一番小さい治療方法。組織診は本来診断目的の検査ですが、コルポスコープで確認できる異形成の病巣を出血の許す範囲で最大限切除する(コルポスコープで見える異形成を可能な限り全部切り取る)と、異形成も除去され、さらに原因HPVも駆除(除菌)可能です。寛解した(治った)状態は、HPV 陰性(特にhigh risk HPVが駆除(除菌)、細胞診が「NILM」,組織診が「軽度異形成の疑い」 (Mild dysplasia, suspected またはkoilocytotic change alone)=非活動性異形成」または「Cervicitis」(慢性頸管炎)です。
- 子宮膣部から頸部の蒸散術:子宮膣部から頸部の上皮を3mm前後の深さで焼き切る。レーザーは光線なので、子宮膣部表面を焼き切るのに適していますが、その奥の頸部(頚管)を焼き切る点に於いて不十分です。そのため、治療成績がやや劣ります(レーザーによる子宮膣部蒸散術)。高周波電気メスの方が膣部表面だけでなく頸部(頚管)まで広範囲に焼灼出来て、より効果的です(高周波電気メスによる子宮膣部~頸部拡大蒸散術)。当院では、後者の高周波電気メスによる子宮膣部~頸部拡大蒸散術を行っています。また、その際に、蒸散する範囲内の病巣の診断のために、蒸散前に複数の組織診(大きめに採取)を行います。蒸散だけでは、診断がつかず、不十分です。
- 円錐切除 (通常は子宮膣部を主に切除しますが、頚部(頚管)の治療も重要。一般的に「簡単な手術ですよ」と説明されることが多いようですが、簡単ではありません。婦人科では、ある意味、最も難しい手術です。先ず第一に、何処まで(何mm)切れば、治るのか世界中のどの医師も分かりません。あくまでも経験に基づく手術です。開腹や腹腔鏡下で、子宮や卵巣を摘出する手術は「摘出するだけ」ですから、医師にとって「やりやすい手術」です。円錐切除は、「残す手術」です。切りすぎると「早産になる」。一方、残しすぎると「異形成もHPVも取り切れない」。患者様からの要求は、「ちゃんと取り切って下さい。でも、取り過ぎないで下さい」です。何処まで切れば、異形成もHPVも取れるのか分からない状態で手術は行われます。婦人科で最も難しい手術です。当院では、早産のriskを回避するために子宮膣部から頚管を5mm切除することを基本としています。5mmでは、異形成病巣やHPVが取り切れない場合があるので、5mm切除後に子宮膣部から頚管奥約3cmまで、拡大蒸散術を同時に行います。この術式は早産のriskを軽減し、尚且つhigh risk HPV感染の異形成を治すために考案されました。子宮膣部の高度異形成病巣が広い場合は、やむを得ず、頚管を7-10mm切除する場合もあります。これまでの経験から頚管10mm以上切除すると、早産riskは高くなります。
10.
円錐切除の効果判定:表に記載されたとおりです。
寛解の条件は、異形成が取り切れること (切除断端陰性)と、原因HPVの陰性化 (特にHigh risk HPVが駆除されること)です。日本の殆どの病院 (医院)に於いて、効果判定は「異形成が取り切れたか(断端陰性)」のみで行われており、術後HPV検査 (HPV 陰性化の確認)は行われていません。術後HPV検査(HPV陰性化の確認)は絶対に必要です。今後全国で術後にHPVも駆除(除菌)できたか調べる検査が行われ、術後も安心できるようになることを祈るばかりです。
11.
高度異形成は、全例(絶対)円錐切除が必要か:答えはNoです。HPVの型が16,18はすべきでしょう。それ以外のhigh riskの型が原因の場合、異形成(HPV感染)の範囲が狭いと、治療的組織診で寛解する可能性があります (1-2年での寛解率=円錐切除をしないで済む率は50-60%前後)。治療的組織診で治らない場合は、やむを得ず円錐切除を受けることになります。High risk型でも、39, 51,56, 59, 66, 68型が原因の場合、治療的組織診で円錐切除を回避出来る確率が高いです(60 %以上)。他院で円錐切除必要と診断され、当院に受診された患者様の50%以上は円錐切除回避に成功しています(5年以上追跡data)。
12.
円錐切除はなるべく回避したい-----円錐切除の合併症
主な合併症は、「術中術後出血」と「子宮頚管狭窄または閉鎖」の2つです。
- 術中術後出血:術中や術後3日以内の出血は医師の手術操作、技術、及び管理が原因です。医師が適切な手術を行っても術後出血が起こる場合があります。術後2週目からの約10日間です。この頃かさぶたが剥がれて、動脈性に出血することがあります。時には治療 (縫合やカテーテルによる血管の塞栓術)が必要な程、大量出血する場合があるので、手術当日からの約28日間は生活上注意 (脈拍が上がるような行為は避ける:入浴、運動、飲酒、辛いものを食べない等)が必要です。但し、子宮出血は術後約1ヶ月で必ず解決しますから、合併症としては目立ちますが、必ず解決するという点で後遺症的なものもなく、術後管理さえきちんとすれば大きな問題ではありません。
- 子宮頚管狭窄または閉鎖(子宮口の狭窄または閉鎖): これは本当にやっかいです。術後後遺症として、一生涯つきまといます。私が、安易に円錐切除をしない最大の理由がこの合併症です。円錐切除を受けて半年以内に閉鎖する場合(原因)は、本人の体質、基礎疾患、円錐切除のタイミング、医師の管理等に問題があると考えられます。術後1年また数年大丈夫でも、更年期から閉経期以降になると、高率に狭窄や閉鎖が起こります。閉経前に子宮口が閉鎖すると大変です。排出すべき月経血が子宮内に溜まり、卵管から腹腔内に逆流して腹膜炎を引き起こす場合もあります(入院治療が必要な場合あり)。子宮口の狭窄または閉鎖が閉経後に生じた場合は、日常生活に大きな問題はありませんが、子宮内膜癌 (子宮体癌)の検査(細胞診)が出来なくなります。私はこの問題に20年以上取り組んで来ました。狭窄(閉鎖)の原因は何か、また手術の工夫、術後の管理方法など、後述します。日本全体では、未だにこの問題を重要視していないように感じます。手術切除範囲も不明確で、合併症が多く、特に術後長期(生涯)に及ぶ合併症 (後遺症)=「子宮頚管狭窄または閉鎖」を熟知していたら、「簡単な手術」とは言えず、安易に行うべき手術ではありません。進行癌では無いので急いで手術を受ける必要はありません。手術を受ける前に、合併症、後遺症(早産、頚管狭窄、閉鎖)のことをよく理解しないと、後で困ることになります。円錐切除に関わった医師は一生涯、責任を持って患者様を管理する必要があります。やはり出来れば回避したい手術です。治療的組織診や、せいぜい蒸散術(拡大)で逃げ切りたいです。治療的組織診や、蒸散術で逃げ切れなく、他に治療法がない場合にやむを得ず「円錐切除」を行うという考え方です。また、その場合も、「子宮頚管狭窄または閉鎖」が起こりにくい工夫した手術をすべきです。

図1: 異形成とは

表1:異形成とは

表2:異形成の3要素

表3: 当院で行われているHPV検査:型と癌化のriskとの関係

表4:異形成 初診時の検査内容

表5:異形成寛解の条件

表6:異形成の治療方法(下に行くほど、大きい治療)

表7:円錐切除の効果判定

表8:円錐切除の後遺症:子宮頚管狭窄または閉鎖がおこる原因
これから、異形成、HPVに関して詳細を説明致します。
異形成の原因のHPVを含めてVirus, HPV vaccineに関しては、用語説明欄を参考にして頂ければ有り難いです。
さて、ここから異形成の詳細な説明を致します。
[I] 異形成の概要: 異形成とは何か説明します。(異形成 図1, 表1)
- 異形成とは:子宮頚部から膣にHPV (Human Papilloma Virus)が感染して、正常細胞が変化した状態です。もっと詳しく説明すると、子宮膣部から頚部にある扁平上皮と腺上皮の境界部分(S-C junction) の上皮(表面)から2-3 mmの深さのところにある基底膜の細胞にHPVが感染して、HPVのDNAが正常細胞の核内に入り、その結果、基底膜から発生する上皮細胞が、正常とは異なる形に変化した状態です。
- 異形成 (CIN)自体は心配不要:異形成の状態では、症状もなく、日々の生活、人生の全てに於いて、何の影響もありません。勿論、妊娠、出産にも全く影響ありません。たとえ高度異形成 (CIN III)であっても、癌細胞のように、どこかに転移して、生命を奪うような事は絶対にありません。即ち、異形成で困ることは何もありません、そういう意味では、異形成は病気としてとらえる必要はありません。高度異形成 (CIN III)は癌ではありません。
- 異形成で困る事:それは唯一つ、癌化する可能性がある事です。癌化したら、異形細胞ではなく癌細胞ですから、生命にかかわってくるので、絶対に治療が必要です。繰り返しますが、異形成自体は、本来治療不要です。癌化する可能性があるか否かが、唯一の問題です。異形成と似ているものは、黒子 (ほくろ)です。ほくろは、病気としてとらえる必要はありません。一生消えることもありません (異形成も厳密な意味では、長期間元の正常細胞に戻ることはありません。寛解後も組織診を行うとkoilocytosis=「HPV感染の跡あり」という所見は長期間残ります)。黒子で唯一の問題は、癌化するか否かです。癌化したらメラノーマと言います。異形成とよく似ています(ただし、黒子は異形成よりも癌化の確率が低いです)。
以上、異形成は子宮頚部の扁平上皮(手前側)と腺上皮(奥の方)の境の基底膜の細胞にHPVが感染した状態です。異形成の状態になっていても、生活には支障ありません。心配することはただ一つ、「癌化するか否か」に尽きます。癌化するかは、HPVの型で決まります。最も大切な事は、どのタイプ(型)のHPVに感染しているかを正確に(詳しく) 調べる事です。
[II] 異形成の3要素(異形成 表2,3)
1.HPVの型 (最も重要)
2.異形成の質 (軽度、中等度、高度)
3.異形成の量 (範囲)
異形成の管理で最も大切な事は、「癌化するか否か」に尽きます。癌化するかは、HPVの型で決まるので、3要素の中で「HPVの型」が最も大切です。その次に大切な事は、コルポスコープで見える異形成の範囲(表面的な拡がり)です。異形成は立体的に拡がっていきます。範囲が狭い程深さは浅く、範囲が広い程深いです。例え、高度異形成でも範囲が狭ければ、治療的組織診 (コルポスコピーで確認された病巣を出来るだけ多く切除する)で高度異形成病巣も摘出され、原因HPVも駆除(除菌)可能で、円錐切除しないで治すことが可能です。そして三番目が、異形成の質的診断です。多くの病院では、これのみを指標として管理していますが、それでは不十分です。厳重な管理のためにはHPVの型を先ず正確に判定することが最も大切です。
4.備考:半分余談になりますが、 異形成の質 (軽度、中等度、高度)について、「質的診断」としていますが、実は軽度―中等度-高度の違いの説明は、基底膜の上 (外側)にある上皮の内、異形成が下1/3を占める場合は軽度異形成 (CIN I)、2/3を占める場合は中等度異形成(CIN II)、全部(3/3)を占める場合は高度異形成 (CIN III)とされています。実際殆どの医師がこのように説明しています。この説明が本当だとすると、軽度、中等度 、高度は「質の違い」ではなく、「量 (深さ、厚さ) の違い」ということになります。軽度も高度も同じ「異形細胞」であり、量の違いという説明になっています。高度がより癌に近い性質(遺伝情報)を持っているとは限らないとも考えられます。異形成は癌のような増殖性もなく、また転移することはありません。組織診という小さな手術で、上皮内の異形成の量を減らして、高度を軽度にすることは不可能ではありません。また、異形成の病巣内にHPVは存在しているので、繰り返し組織診で異形成の量も減らして、HPVの駆除(除菌)も100%ではありませんが、可能です。従って、高度異形成の診断のみで、早産のriskが高まり、また生涯に及ぶ子宮頚管狭窄(あるいは閉鎖)のriskを伴う円錐切除を100%行うという日本のガイドラインは必ずしも正しくないと考えられます。当院では、HPVの型、異形成の範囲、および繰り返し治療的組織診の経過に基づいて、手術適応を慎重に判断しています。その結果、高度異形成 (CIN III)、の約半数は円錐切除することなく完解させています(治っています)。日本のガイドラインは、将来HPVの型を考慮して円錐切除の適応が決まるように変更されると思います。
最近、high risk HPV感染の異形成で、中等度異形成(CIN II)という中途半端な状態が続いた場合、p16, ki-67タンパクの免疫染色という特殊な検査を行い、癌化しやすい異形成
(腫瘍性異形成)か、癌化しにくい異形成
(反応性異形成)かを鑑別診断することが可能になりました。腫瘍性なら拡大蒸散術や円錐切除を行い、反応性なら行わないで良いという判断が可能です。まだ、研究段階です。
[III] 「異形成が治る」とはどういうことか (異形成完解の条件) 表5
「治療的組織診」で異形成を治す!! 当院では、本来診断を目的とする組織診を治療的に行う事で、円錐切除などの手術をしないで治すことを目標にしています。異形成が治るとはどういう事か。それは異形成(および子宮頚癌)の原因であるHPVを駆除 (除菌)すること。HPVが陰性化する事です。通院中に細胞診が異常なし (NILM)になっても、HPV (特にhigh risk HPV)が残っていたら治ったことにはなりません。当院の13年以上に及ぶfollow up data (同じ患者様の追跡調査) の解析から, 一度検査で検出されたHPVが自然消滅することは、ほぼありません。子宮頚部の上皮 (表面) にHPVがついていて (ごみがついているように)、洗えば流れ出るようなものと考える人がいますが、間違いです。HPVは子宮膣部から頚部にある扁平上皮と腺上皮の境界部分 (S-C junction) の上皮 (表面)から2-3 mmの深さのところにある基底膜の細胞に感染し、時間をかけてゆっくりと感染拡大します。その部分を治療的組織診 (またはレーザー/高周波電気メスによる蒸散、円錐切除等)で切除 (除去)すると、HPVを駆除(=除菌)することが可能です 。但し、HPV駆除 (除菌)率は100%ではありません。
例え子宮全摘をしてもHPVを100% 駆除 (除菌)ことは不可能です。現時点でHPVを100%駆除 (除菌)する方法はありません。因みに当院での治療的組織診でのHPV駆除 (除菌)率は、2-3ケ月毎に通院した場合、1年で約60-70%、2年で約70-80%前後です。最終的には100名の内10名前後は、いかなる治療(子宮全摘含む)を行っても、駆除 (除菌)出来ません。子宮全摘してもHPVが残存しているということは、膣まで感染拡大しているということです。
いかにして早くHigh risk HPVを駆除 (除菌)するかが、異形成の管理(治療)で最も大切な事です。当院では、先ずは治療的組織診で異形成を治すことを第一目標にしております。何故なら、組織診は、一度に沢山採っても、また2-3ケ月毎に繰り返し採っても、子宮は短くなりません。一回の組織診でどんなに沢山採取しても、10日前後で元の子宮の長さに戻り、形も変形することはありません。手術をした場合、治療した部分は元通りにはなりません。レーザーや高周波電気メスによる蒸散術 (子宮膣部から頚部を焼き切る)では、子宮頚部 (元々は3-3.5cmあります)が、約3-5 mm短くなります。またより治療範囲の大きい円錐切除では、術者によりますが、5-15mm短くなります。従って、治療的組織診でHPVを駆除 (除菌)出来ることが患者様にとってベストです。
ここでお断りすることがあります。胃がんの原因のピロリ菌は「細菌(生き物)」ですから、「駆除」する場合「除菌」は正しい表現です。一方、HPVは「virus (ウイルス)」であり、「細菌(生き物)」ではありませんから、「駆除」は正しい表現ですが、「除菌」は正しい使い方ではありません。ただ、患者様へ説明する場合「除菌」という方が分かりやすいとのことで、ここでは「HPVの駆除」=「HPVの除菌」という表現を使用させて頂きます。」
[IV] 異形成の発見---どうやって、自分の異形成を早く見つけるか
1.健診 (自治体や会社の健診):多くの施設で子宮頚部 (膣部から頚部)擦過細胞診のみしか行われないので、真の検出率は低いです。健診結果がNILMの場合「異常なし」と判断されますが、本当に「異常なし」とは限りません。異形成がないかは不明です。即ち、NILMの結果だけでは安心できません。細胞診の項で説明したように、HPV感染者 (異形成)の半数以上はNILM(正常)と診断されます。健診では頚部細胞診だけでなく、HPV検査 (HPVの型を特定できない簡易型でも十分有効=費用は1000-2000円程度)を併用すべきです。自治体の健診体制を変更するのは容易ではありません。日本という国は、明らかに間違っている、あるいは時代に即していないような事でも、改善しようとすると、大変なエネルギーと時間がかかります。大事な事よりも大事でない事の方が優先される「超後進国」です。基本的な文化や考え方が2000年前と変化していません。健診体制が改善されるのを待つよりも、自分で考えて正しい検査を受けないと命取りになることもあります。自分の健康(命)は自分で守る。国や自治体に任せっきりにしない。子宮頚部の健診は、細胞診だけでは不十分。HPVの検査 (簡易型で良いので)が必要です。
上記のように通常の健診 子宮頚部擦過細胞診の精度は高くないですが、NILM以外が検出されたら、細胞診を再検するのではなく、具体的な型が以外が検出されたら、細胞診を再検するのではなく、具体的な型が判明するの検査 (出来れば全ての型がわかる方法)と組織診(コルポスコープで観察しながら行う),それに超音波を受けることが必要です。
2.異形成に無関係な症状で婦人科受診した場合:頸癌や異形成に無関係な事で婦人科受診した際に、ついでに受けた子宮頚部細胞診でひっかかることもあります。結果が異常 (NILM以外)と出たら、むしろluckyと思った方がいいです。とにかく婦人科を受診したら、異形成 (前癌状態)を早期に発見するために最低限の検査:細胞診だけは受けないより受けた方が良いです。勿論細胞診では十分ではないですが、受けないよりましです。
[V]異形成の診断(当院で初診時に行う検査):以下4つの検査が基本です。表4
HPV型別検査 (HPV typing):検査の項目で説明したように、HPVの検査には色々な種類があります。型を1) 調べないと方針が決まらないので、「異形成」と診断がついたら、HPVが感染しているわけですから、その後に 正確な型が決まらない簡易検査(HPV陽性か陰性か)を受ける意味は全くありません。
High risk型13種類のみを調べる検査 (Beckton-Dickinson社製Surepath)は厚生省が認可した保険適応のある検査です。 保険点数 2000点=20,000円、3割負担の場合 本人負担費用は6,000円。保険適応があるので、 日本のどの施設でも検査可能です。但し、この検査には、1) そもそも13種類のHPVの型しか検査できないこと、2) false negative (偽陰性:感染しているのに陰性と判定されること) が少なくないこと、3) 新生児の喉に感染すると、生命にかかわる「呼吸器乳頭腫症」の原因HPV 6,11が検査対象に入っていないこと、等の問題点があり、推奨できません。USA Today Jan 13, 2013: False-negative results found in HPV testingに米国での詳細が記載されています。この検査を希望される場合は、先ず組織診を行い、「軽度または中等度異形成」と診断された後に、HPV-13 (Surepath)を行う事になっており、同日に行うことは出来ません(厚生省の指導)。組織診の結果が「高度異形成」の場合も保険適応外とされています (厚生省指導)。
HPV型判定検査は、異形成の管理の上で最も大切な検査です。当然ですが、日本で検査可能な全ての型を調べる必要があります。
当院で検査可能な型は
6,11,16,18,26,31,33,35,39,42,44,45,51,52,53,54,55,56,58,59,61,62,66,68,70,71,73,82,84, 90, CP6108の31種類です。HPVは国際的には、High riskと Low riskに大雑把に二分されていますが、当院では4段階に分類しています。
表に示したように癌化の可能性が高いいわゆる”high risk”型は15種類あります。私が2003年11月から検査を開始してからのdataに基づくと、最も危険なworst type(最悪の型)は16, 18。次にriskが高い(dangerous)のは、31,52,58,45,82,33,35の7種類。high risk型の残り 6種類 (39, 51,56, 59, 66, 68)は, 16,18のような質の良くない特殊型(頸部腺癌、小細胞癌など)を発生することもなく、また短期間で癌化することも希で、ちゃんと通院すれば、あまり怖くない型です。26, 53, 70, 73は国によってはhigh risk型に分類されていますが、当院のdataから、high riskに認定しておりません。Moderate risk (癌化のrisk少しあり)と分類。6, 11, 42, 44, 54, 55, 61, 62, 71, 84, 90, CP6108 型は、Low riskで、癌化のriskはほぼありません。
このように型により癌化のリスクが判明します。これに基づいて、治療(管理)方針が決まります。High risk HPVが検出された場合は、感染HPVを駆除(除菌)するために治療的組織診を2-3ケ月毎に行います。細胞診/組織診の結果から、HPVが除菌できた可能性が出てきた場合(組織診:軽度異形成の疑い、細胞診:NILMの組み合わせが複数回継続した場合)に治癒判定で第二回目のHPV typingを行います。初診から通常は1-2年後です(特別経過良好の場合6-10ヶ月)。HPV型別検査は毎回の診察では行いません。
2)
コルポスコピーで観察しながらの組織診:軽度異形成 (CIN I)、中等度異形成(CIN II)、高度異形成 (CIN III)、あるいは頸癌(扁平上皮癌、腺癌)、いずれかの正確な病理診断が決定されます。但し、コルポスコープで正しい病巣を採取しないと誤診につながります。
3)
細胞診:陰性(NILM:異常なし)の場合信頼度は低いですが、NILM以外の結果が出た場合は重要な情報になります。特に扁平上皮系ではASC-H, HSIL、腺上皮系ではAGC, AIS, adenocarcinomaが検出された場合、特に重要な情報となります。細胞診は異常と診断された場合、非常に有用です。
4)
超音波:異形成は肉眼的には見えないので、超音波では確認出来ません。異形成疑いとされた場合でも、診断が困難な子宮頚部腺癌の見落としを防ぐために超音波検査が必要です。また、異形成とは無関係な、子宮の奇形(見逃されていることが少なくありません)、子宮筋腫、卵巣腫瘍、嚢腫(奇形腫は見落としが多いです)の検出のためにも必要です。
これら、特にHPVの型に基づいて、管理(通院)方法が決定されます。
[VI] 異形成の管理 (初診後の通院検査/治療)表6:管理(通院)の目標は原因HPVを駆除(除菌)することです。HPVの型と組織診の結果により管理方法を決めています。
- 基本方針なるべく円錐切除をしないで治療的組織診で異形成を寛解させる 。治療目標は, HPVの駆除(除菌)=これが最も重要です。 HPV検査は検査費用が高いので毎回は行いません。HPV駆除(除菌)ができたsignがあります。それは、活動性異形成(高度、中度、軽度)の除去:組織診の結果が「軽度異形成疑い」、またはkoilocytotic change alone, 3) 細胞診の結果が「NILM」の2点です。これが複数回継続 (出来れば3回以上)した場合、HPV検査を行うと約90%の確率でHPVは駆除(除菌)されています。条件が2-3回以上継続した時点で患者様と相談し、第二回目のHPV型検査を行うようにしています。治療的組織診は最短で約12ヶ月(2-3ヶ月毎に年4-6回通院)、最長で2 -3年をめどとする。因みに当院での治療的組織診でのHPV駆除 (除菌)率は、2-3ケ月毎に通院した場合、1年で約60-70%、2年で約70-80%前後です。駆除(除菌)出来ない患者様の特徴は、1) 40歳以上、2) HPV vaccine (Gardasil)を受けていない、の2点です。最終的には100名の内10名前後は、いかなる治療(子宮全摘含む)を行っても、駆除 (除菌)出来ません。子宮全摘してもHPVが残存しているということは、膣まで感染拡大しているということです。

表9:異形成管理のゴールのサイン:細胞診:NILM,組織診「軽度異形成の疑い」
- 治療的組織診で寛解(HPVの駆除=除菌)が得られない場合、早産のriskをもたらさないよう子宮頚部を最小限に切除して、その代わり、HPVを駆除(除菌)するために子宮膣部から頚管の奥まで広く蒸散する手術:「子宮頚部縮小円錐切除(頚管切除は5mm)+拡大蒸散術」を行う。
- 初診時既に40歳以上で、高度異形成の範囲が広く、原因がhigh risk HPVの場合は、直ちに 通常の円錐切除(頚管7mm-10mm切除)+拡大蒸散術を行う
- 方針の詳細
1) Worst type: HPV 16/18 で、高度異形成 (CIN III):直ちに円錐切除。但し、40歳未満で範囲が狭い場合、ご本人が希望されれば、治療的組織診を行うoptionもあります。
2) Worst type: HPV 16/18で中等度―軽度異形成の場合:2-3ヶ月毎の治療的組織診。
3) 16/18以外のHigh risk type :HPV 31,52,58,45,82,33,35 及び39, 51,56, 59, 66, 68で、広範囲な (全周性の) 高度異形成の場合は円錐切除。広範囲でない高度異形成 (膣部の面積の約1/3以下)の場合でも、本人が希望されれば円錐切除。円錐切除を回避したい場合は、2ヶ月毎ごとの治療的組織診
4) 16,18以外のHigh risk type : HPV 31,52,58,45,82,33,35 及び39, 51,56, 59, 66, 68で、中等度―軽度異形成の場合:3ヶ月毎の治療的組織診
5) Moderate risk type: HPV 26, 53, 70, 73:高度異形成 の場合(希です) は2か月の治療的組織診。
6) Moderate risk type: HPV 26, 53, 70, 73:中等度―軽度異形成の場合:3-6ケ月毎の治療的組織診。
7) Low risk type: HPV 6, 11, 42, 44, 54, 55, 61, 62, 71, 84, 90, CP6108 型:高度異形成の場合は先ずありません。もし高度異形成なら、他の型と同様に最初は2ケ月毎に治療的組織診。中等度-軽度に改善したら、3-4ケ月毎に治療的組織診。軽度異形成-軽度異形成疑いになったら、6ケ月毎に治療的組織診。
上記のような管理を行い、
細胞診がNILM(異常なし)、
組織診が軽度異形成 (CIN I)の疑い (=koilocytotic change alone)という結果が少なくとも2回以上(出来れば3回以上) 継続したら、寛解したか判定します。2回目のHPV typingです。これで、High risk HPVが駆除(除菌)=陰性化したら、寛解です。通常は最短で1年前後(6-10ヶ月の場合もある)、2-3年以上経った場合は条件を満たさなくても、ご本人と相談の上、効果判定 (HPV typing) を行います。早期の妊娠希望がある場合は、効果判定を早く行う場合もあります。
[VII] 寛解の判定:治ったかどうかの治療効果判定:表9
感染HPV (特にworst type, high risk type) が駆除(除菌)されたらゴール(寛解)です。毎回治療的組織診とHPV typingをすれば、来院回数が少なくてすみますが、HPV typingは検査費用が高いので、HPVが駆除(除菌)できた可能性が出てきた時点で2回目のHPV typingを行います。駆除出来たsignは、
細胞診の結果が「NILM(異常なし)」,
組織診が「軽度異形成疑い」(Mild dysplasia,suspected, またはKoilocytotic change alone)です。これが連続して3回以上 継続した場合に、HPV typingを行うと90%以上の確率でHigh risk HPVが駆除(除菌)=陰性化しています。 陰性化後は、6ケ月後に細胞診/組織診を行います。この結果が、問題なし(
細胞診:NILM、
組織診:軽度異形成疑い)、であればその後は1年毎5年間follow upとしています。
[VIII] HPV陰性化したら、癌のriskは直ちにゼロ(無し)になるのか
これはよくある質問です。答えはNoです。High risk HPVが陰性化しても、癌のriskは直ちにゼロにはなりません。勿論、High risk HPVが持続する(陰性化しない) 場合に比べ、癌化のriskは低下します。陰性化したら、直ちにriskがゼロになるのではなく、年月を経て次第に低下していくと考えられます。
High risk HPV消失後に、一旦改善した異形成(軽度異形成疑い=非活動性)が中等度や高度異形成 になる事もあります。通院間隔が3-5年空くと、稀に癌が発生することもあります。胃がんの原因のピロリ菌の場合も同じです。ピロリ除菌後に胃癌が発生することもあります。理解し難い場合、タバコを例にとると分かり易いです。例えば、20歳から30歳まで喫煙していて、本日禁煙したとします。これで明日から肺がんにならないと思われますか?そんなことはあり得ないですよね。禁煙して5年後に肺癌を発症したら、やはり10年も喫煙していたからだと考えるのではないでしょうか。HPV、ピロリの陰性化も、禁煙も、陰性化後あるいは禁煙後に、癌化のriskは突然無になるのではなく、時間の経過とともに低下して行きます。また癌発症のriskは、HPV, ピロリ菌なら、感染期間 (特定は困難ですが) が長い程、タバコなら一日の本数 X喫煙期間 (これは本人が分かります) の数値が高い程、癌化のriskは高くなり、HPV、ピロリ菌が陰性化後、禁煙後の癌化のriskが継続する期間も長くなります。一方、HPV, ピロリ菌が陰性化後、タバコなら禁煙後、何年経ったら癌のriskから解放されるのか? これを答えられる医師はいません。但し、当院のdataから、high risk HPV陰性化後、再び異形成が進行して中等度や高度異形成 、稀に頸癌になるというevent (事件)は、陰性化後5年以内に起こっています。 従って、当院では、High risk HPV陰性化後、5年間は年に一度受診して細胞診/組織診で管理しています。最終診断がbestの結果(細胞診:NILM, 組織診:軽度異形成疑い、またはkoilocytotic change alone)であれば、5年で管理終了とします。その後の健診(検診)はご本人と相談して決めております。
[IX] 当院における異形成の手術について:表7
円錐切除を行わないで蒸散 (焼き切る)だけの手術と、蒸散に加えて円錐切除を行う2通りの方法があります。「複数組織診+拡大蒸散術 (円錐切除無し)」「縮小(頚管5 mm切除)円錐切除+拡大蒸散術」と「標準的(頚管7-8mm 切除)円錐切除+拡大蒸散術」です。全て日帰り手術です。
1) 複数組織診+拡大蒸散術 (円錐切除無し)
- 局所麻酔:キシロカイン注射 20 mlを子宮膣部から頸部4カ所に注射。意識は普通にあります。
- 術式:蒸散する範囲を組織診4カ所以上 (診断目的で)採取した後に、高周波電気メスで子宮膣部全体と頚部(頚管)約3cmを深さ3mmで焼灼。縫合はしない。麻酔時間を含めて15分程度。費用は30000円前後
- 治療成績:現時点でHPV駆除(除菌)率は:70-80%前後です。
2)「縮小円錐切除(頚管5 mm切除)+拡大蒸散術」
- 局所麻酔:キシロカイン注射 20 mlを子宮膣部から頸部4カ所に注射。意識は普通にあります。手術自体に恐怖感を感じる患者様の場合、局所麻酔に加えて、点滴ルートを確保して静脈麻酔(使用薬剤:プロポフォール)を行い、眠った状態またはウトウトした状態で行います。
- 術式:高周波電気メスを使用。当院で独自に開発した5mm切除用のprobeで, HPVが最初に感染する部位(SC junction)を含めて頚部(頚管)を5 mm切除します。引き続き、高周波電気メスで、子宮膣部全体と頚管(約3 cm)まで約3mmの深さで焼灼します。その後に、術後出血を予防する目的と子宮頚管狭窄や閉鎖を予防する工夫した術式で子宮口が開くような特殊な縫合をします(6-8縫合)。止血を確認して終了。5mm切除は30秒以内。拡大蒸散術は3分前後。縫合は6針で7分前後かかります。麻酔の準備を含めて全体で20-30分かかります。異形成病巣を取り切る(病理診断:切除断端=陰性)ためには、最低5 mm切除が必要(限界)です。勿論、頚管の奥に異形成が伸展している場合、頚管5mm切除では不十分です。それを補うために頚管までの拡大蒸散術を行います。元々の子宮頚管の長さには個人差がありますが、5mm切除だと早産のriskは低いです。費用は80000円前後。
- 治療成績:異形成の治癒切除率は90-95%, HPV駆除(除菌)率は:80-90%です。
3) 標準的円錐切除(頚管7-10mm 切除)+拡大蒸散術:
- 局所麻酔でも可能ですが、多くの場合点滴ルートを確保して静脈麻酔(使用薬剤:プロポフォール)を行います。子宮頚部にも局所麻酔をします(キシロカイン注射 20 ml)。
- 術式:高周波電気メスを使用。当院で独自に開発した7mm切除用のprobeで, HPVが最初に感染するSC junctionを含めて頚部(頚管)を7 mm切除します。但し、コルポスコープで確認した異形成の表面範囲が広い場合、8-10mm切除します。引き続き、高周波電気メスで、子宮膣部のみでなく、頚管(約3 cm)まで約3mmの深さで焼灼します。その後に、術後出血を予防する目的と子宮頚管狭窄や閉鎖を予防する工夫した術式で子宮口が開くような特殊な縫合をします(通常8縫合)。止血を確認して終了。7-10mm切除は30秒。拡大蒸散術は3分前後。縫合は8針で約10分かかります。麻酔の準備を含めて全体で20-30分かかります。費用は100,000円前後。
- 治療成績:異形成の治癒切除率は95-100%, HPV駆除(除菌)率は:約90%です。
[X] 円錐切除の合併症:円錐切除はなるべく回避したい:表8
まとめの項に記載したように、手術切除範囲も不明確で、合併症が多く、特に術後長期(生涯)に及ぶ合併症 (後遺症)=「子宮頚管狭窄または閉鎖」を熟知していたら、「簡単な手術」とは言えず、安易に行うべき手術ではありません。円錐切除は婦人科で最も合併症の頻度が高い手術の一つです。また頻度が高いだけで無くやっかいです。主な合併症は、「術中術後出血」と「子宮頚管狭窄または閉鎖」の2つです。
1.術中術後の子宮出血:術中や術後3日以内の出血は医師の手術操作や技術が原因です。医師が適切な手術を行っても術後出血が起こる場合があります。術後2週目からの約10日間です。この頃かさぶたが剥がれて、動脈性に出血することがあります。時には入院治療 (縫合やカテーテルによる血管の塞栓術)が必要な程、大量出血する場合があるので、手術当日からの約28日間は注意 (脈拍が上がるような行為は避ける:入浴、運動、飲酒、辛いものを食べない等)が必要です。但し、子宮出血は術後約1ヶ月で必ず解決しますから、大出血が起きた時点では患者様は狼狽することもあり、合併症としては目立ちますが、必ず解決するという点で後遺症的なものもなく、術後管理さえきちんとすれば大きな問題ではありません。
2.
子宮頚管狭窄または閉鎖(子宮口の狭窄または閉鎖):これは本当にやっかいです。術後後遺症として、一生涯つきまといます。私が、安易に円錐切除をしない最大の理由がこの合併症です。円錐切除を受けて半年以内に閉鎖する場合(原因)は、本人の体質、基礎疾患、円錐切除のタイミング、医師の管理等に問題があると考えられます。術後1年また数年大丈夫でも、更年期から閉経期以降になると、高率に狭窄か閉鎖が起こります。月経がある年代で閉鎖すると大変です。排出すべき月経血が子宮内に溜まり、卵管から腹腔内に逆流して腹膜炎を引き起こす場合もあります(入院治療が必要な場合あり)。子宮口の狭窄または閉鎖が閉経後に生じた場合は、日常生活に大きな問題はありませんが、子宮内膜癌 (子宮体癌)の検査が出来なくなります。私自身はこの問題に20年以上取り組んで来ました。
3.
子宮頚管狭窄または閉鎖(子宮口の狭窄または閉鎖)が起こり易い原因:表8
- 傷が治りやすい体質(例えば、耳のピアスを外したら、数時間後に穴が閉じてしまう人)
- 子宮頚管炎の既往 (クラミジア, 淋菌感染歴)
- 産後1年以内、あるいは1年以上経過していても、授乳中。
- 更年期前後以降 (45歳以上).
産後1年以内、あるいは授乳中は、術中、術後に大出血するので、この時期に円錐切除を行うことは危
険です。当院では禁忌としています。産後1年経過するまで、治療的組織診で進行しないよう管理しま
す。そして、産後1年以上経過した時点で、高度異形成が改善していたら、円錐切除は行いません(円
錐切除の回避成功)。高度異形成が継続していたら、やむを得ず円錐切除を行います。
4.
子宮頚管狭窄または閉鎖予防の対策
- 体質を変えることは出来ません。
- クラミジア(または淋菌等)頚管炎の既往に対しては、完治しているか不明確なので、抗生剤(ジスロマック 2錠/日x 3日、またはクラリス 2錠/日 x 14日)を服用して頂きます。これで解決すれば問題なし。
- 頚管狭窄(または閉鎖)が解決しない場合、子宮に局所麻酔をして頚管(子宮口)をヘガールという器具で開いて、その後開いた子宮口にラミセル(マグネシウムを含むスポンジ様の細い棒)またはラミナリア(天然海藻からつくられた細い棒)を挿入、24時間後に抜去という方法がありますが、抜去後早ければ1月、多くの場合数ヶ月以内に再び頚管が閉鎖することが多く、確実な治療法とは言えません。
- 唯一有効な方法は低容量ピル(LEP)の服用です。何らかの方法で頚管狭窄を改善した後に低容量ピル(LEP)の服用を継続します。服用期間に制限はありません。卵巣癌、子宮内膜癌の予防も同時に出来るため、一石二鳥です。基本的には閉経まで継続します。ピル内服に関する注意事項は二つ。時間厳守と水分摂取です。服用時間は食事と無関係。携帯電話にアラーム設定して時差15分以内 (最大時間ずれ30分以内)に服用. 水分は以前より500ml以上多く飲んで下さい。
[XI]日帰り円錐切除術式の歴史
私自身は、1997年から日帰り円錐切除術式を開始しました。当時はとにかく、高度異形成病巣を取り切る事、術後出血を完全予防すること、これら2点のみを目的とした術式でした。術前にHPVの型も調べず、とにかく高度異形成は全例日帰り手術円錐切除を行っていました。全例異形成を取り切るために頚部(頚管)は12-15mm前後切除、その後の縫合は、子宮口の真ん中を2-3mm開けて、頚管の3時と9時を二重にがっちりと縫合して出血を予防する方法でした。更に40歳以上や、腺異形成では、完治率を向上させるために、頚管を追加切除していました。
2009年頃からの基本方針は、1) 異形成病巣の切除だけでなく、原因HPVの駆除(除菌)もすること、2)妊娠、出産に影響の無いよう切り過ぎないようにすること、3) 2大合併症である、術後の大出血、子宮頸管閉鎖 (狭窄)を予防すること、としました。これらを満たすために、切除する長さを以前より短くしています。私が癌研大塚病院や大学病院勤務時代には、1) 3) を考慮した術式で、頸管切除長は約12-15 mmでした。個人差はありますが、平均的な子宮頸管長は30-35mmですから、1/3以上切除していました。その後の検討で、切り方を工夫すれば、頸管は7 mm切除で95%以上病巣が取り切れることが分かり, 2013年9月から子宮頸管切除長を7 mmにするようなprobe (頚管切除する尖端器具)を作成しました。その甲斐あって、手術の成功率も高いまま、早産riskも大きく改善しました。その後、更なる研究の結果、2021年から子宮頸管を約5 mmで切除、その上方を高周波電気メスで焼灼する方法に改善しました。7 mm切除でも早産のriskは高くはありませんが、5 mm切除であれば、早産のriskは極めて小さいので、妊娠希望のある女性でも安心して手術を受けることができます。頚管の奥に異形成が伸展している場合、頚管5mm切除では不十分です。それを補うために頚管までの拡大蒸散術を行います。治療成績も良好 (異形成治癒切除率 90%以上、HPV駆除(除菌)率 80%以上)で、早産のriskの少ないこの術式を
「縮小円錐切除(頚管5 mm切除)+拡大蒸散術」と呼んでおります。この術式であれば、術後出血も希(<1%)で、早産の心配も無いことから、安心して受けて頂くことが出来ます。現時点では、これが当院における主な術式です。
[XII] あらゆる治療をうけても異形成が寛解しない=HPV駆除(除菌)できない患者様の管理と対策(対応):通院前に読んで頂きたい内容です。
1.HPV検査で確認(検出)されたHPVが自然に消失することは先ずありません。無記名でIntranet(日本語のsite)に書かれていることを鵜呑みにしないで下さい。
2.治療的組織診に始まり、円錐切除+拡大蒸散術を行っても、100名の内、約10名 はHPVを駆除(除菌)出来ません。これらの治療でHPVが残存した患者様に対して、子宮全摘を施行した場合、現時点(2023年3月)で17名の内、8名でHPV駆除(除菌)成功、9名がHPV残存。これが現状です。子宮全摘してもHPV駆除(除菌)出来ないということは、膣壁までHPV感染が及んでいるということです。現時点で膣壁感染したHPVを駆除(除菌)する方法はありません。難しいですが、現在当院で考案中です。
3.治療的組織診でのHPV駆除(除菌)率から考えられること:
当院での治療的組織診でのHPV駆除 (除菌)率は、2-3ケ月毎に通院した場合、1年で約60-70%、2年で約70-80%前後です。駆除(除菌)出来ない患者様の特徴は、1) 40歳以上、2) HPV vaccine (Gardasil)を受けていない、の2点です。日本人の多くは20-35歳前後に感染すると予想されます(勿論例外はあります)。実際には感染の時期は本人でも分かりません。40歳以上でHPV駆除(除菌)成功率が低いのは、感染してからの時間が長いため、感染の範囲 (HPV感染は子宮膣部のSC junctionから開始する)が、上方(頭側)は頚管(組織診の検査器具が届かない)、前方は膣壁まで及んでいる可能性が高いからです。頚管は膣部からせいぜい5-10mm程度しか組織診で切除できません。膣壁は血管が豊富で深い組織診は危険です。組織診でHPV駆除(除菌)出来る範囲は、SC junctionから前面は子宮膣部全体で膣壁の手前まで、頚管は子宮口から5-10mm程度までです。HPV感染がこの範囲内に留まっていると、HPV駆除(除菌)可能です。40歳以上の多くの女性では、感染開始から時間が経っているために感染範囲が広いので駆除(除菌)率が低いと考えられます。逆に20代の女性では、感染してからの時間が短いため、1年以内のHPV駆除(除菌)率は90%以上です。感染HPVが5-10種類あっても、あっという間に全てのHPVが駆除(除菌)出来ることも少なくありません。やはり感染開始から治療開始までの時間は大切です。
次にHPV vaccineを受けていない場合の駆除(除菌)に関しては、興味深い結果が得られています。初診時に検出されたHPVは全て駆除(除菌)出来ているのに、初診時に検出されなかったHPVが見つかることも少なくありません。また、初診時のHPVが陰性化していない場合、駆除(除菌)できていないのか、あるいは治療的組織診で駆除(除菌)出来たのに、HPV vaccine受けていないため、また感染したのか不明です。やはりHPV vaccineは絶対に必要です。
4.円錐切除してもHPVが残存している場合:術後に治療的組織診を2-3ヶ月毎に行うと1年で約50%-60%HPV駆除(除菌)可能です。従って、円錐切除後にHPVが残存していても諦めないで下さい。
5.以上の全ての治療を行ってもHPV駆除(除菌)出来ない人はHPV感染者100名の内10名前後です (全年齢を通じて)。これらの内半数は子宮全摘すれば駆除(除菌)可能と予想されます。子宮全摘しても半数はHPVが残ります。頸癌でも無く、ましてや高度異形成でもないのに、HPV駆除(除菌)の目的で子宮全摘を行うか、迷うところです。残存HPVが16または18なら、癌予防(頸癌のみでなく、咽頭、肺腺癌、口腔内の癌の予防も含む)の目的で行うのは理にかなっていると考えられます。残存HPVが16,18以外の場合はご本人の生き方次第だと思います。子宮全摘してもHPV駆除(除菌)率はせいぜい50%程度です。子宮頸癌は予防できますが、子宮全摘した後にHPV型検査を行い、残存している場合は、膣異形成の状態ですから、膣癌予防あるいは膣癌の早期発見のため少なくとも1年に一度は膣細胞診に加え、colposcopy下に膣組織診を行い、厳重管理します。
6.残存HPV駆除(除菌)目的の子宮全摘術式に提言:
一術式を工夫すると、HPV駆除(除菌)率は向上する可能性があります。「子宮全摘」といっても、医師(術者)により技術差があります。癌専門医か一般の産婦人科医が行うかで大分差があります。術式の要点は子宮からつながっている膣の部分を長めに延長 (追加では無く)して膣壁を長く切除することです。癌専門医なら、何cmでも膣壁延長切除可能です。出来れば、進行癌の広範性子宮全摘術の場合と同様に2-3 cm膣壁切除して欲しいです。そうすると、単純な子宮全摘よりもHPV駆除(除菌)率は向上すると考えられます。